2026年4月5日(日)寒食(ハンシッ):火を消し、土と先祖に捧げる春の休息

韓国の伝統的な台所(オンドルのかまど)

春の野山にレンギョウが咲き誇るころ、韓国の台所からは火の気が消え、ひんやりとした静寂が訪れます。寒食(ハンシッ / 한식)は、あえて不自由な一日を過ごすことで、生命の尊さを再確認する精神的な節目です。古代中国のあまりに切ない忠義の物語をルーツに持つこの日は、凍てついた季節に区切りを打ち、新しい光を迎えるための神聖な「句読点」として、現代を生きる人々の心に穏やかな余白を与えています。

2026年・2027年・2028年の寒食(ハンシッ)の日程

  • 2026年4月5日(日)
  • 2027年4月6日(火)
  • 2028年4月4日(火)

介子推の沈黙:古代中国の炎が遺した無欲の美学

寒食(ハンシッ)は、冬至から105日目に自然と家族に深く向き合う韓国の伝統行事です。火を絶ち、先祖を供養し、土を整えることで、生命が芽吹く春を最上の心持ちで迎えます。古代中国の忠臣の悲劇から生まれたこの日は、現代において、忙しい日々を止めて「自分自身のルーツ」に帰るための、最も静かで力強い休息となっています。

この日の背景には、紀元前7世紀の中国・春秋時代に刻まれた、壮絶な魂の記憶があります。亡命中の主君が極限の飢餓に陥った際、家臣の介子推(ケ・ジャチュ / 개자추)は自らの太ももの肉を切り取り、煮込んで主に捧げ、その命を繋ぎました。後に主が王となっても彼は恩賞を拒み、母と共に綿山へ隠棲します。彼を呼び戻そうと王が放った火は山を焼き尽くし、彼は柳の木を抱き、母を背負ったまま炎の中でその生涯を閉じました。王の悔恨から始まった火を禁ずる掟は、今も春の静寂の中に息づいています。

介子推の物語 - 炎と柳の象徴画

土に触れる祈り:なぜ韓国で「お墓の再生」を担うのか

介子推を悼む沈黙は、朝鮮半島において、自身の根源である先祖を慈しむ省墓(ソンミョ / 성묘)へと結びつきました。かつての人々は、火を使わず料理の手を休めた時間を、先祖の家であるお墓を整える奉仕へと充てたのです。冬を越えて柔らかくなった土に触れ、傷んだ芝を一枚ずつ植え替える作業は、単なる掃除ではありません。それは、介子推のような高潔な先祖に感謝を捧げ、己のルーツを浄化する儀式。土の冷たさを通じて、人々は脈々と続く生命の繋がりを掌に感じるのです。

省墓 - 土に触れる手

再生の哲学:意図的な空白が呼ぶ新しい光

寒食に火を絶つ最大の醍醐味は、翌日の清明(チョンミョン / 청명)に新しい火を授かる「改火(ケファ / 개화)」という再生のサイクルにあります。古代、火は使い続けることで気が澱むと考えられていたため、一度全ての灯を消して世界をリセットしました。現代でこの儀式が意識されることは稀ですが、空白があるからこそ、新しく熾された火は圧倒的な生命力として輝きます。不自由を受け入れる一日は、来るべき光の価値を最大化させるための、贅沢で謙虚な準備期間といえるでしょう。

春を食す浄化:ヨモギの生命力を身体に取り込む

寒食の冷たい食卓に彩りを添えるのは、冬の凍土を突き破って芽吹くヨモギ餅(スットッ / 쑥떡)です。古来、ヨモギはその強い香りで邪気を払う薬草と信じられてきました。社会全体が刷新されるこの瞬間、力強い春の息吹を体に取り込むことで、内なる生命力を再点火させるのです。中国では清明節に統合されたこの習慣も、韓国では今も家族で春の苦みを分かち合う、魂の浄化を伴う食体験として大切に守られています。

白い器に並ぶ緑のヨモギ餅

旅に役立つ豆知識:現代の韓国で感じる伝統の息吹

この時期に韓国を訪れるなら、華やかな観光地を離れ、郊外へ続く道に目を向けてみてください。苗木を抱え、先祖のもとへ急ぐ家族連れの姿が見えるはずです。大々的な行事はなくとも、伝統市場に並ぶ餅や古宮に流れる空気の中に、数千年変わらぬ敬いの形が潜んでいます。この静かな節句の物語を知ることで、あなたの旅もまた、忙しい日常を刷新し、自分自身を見つめ直す清らかな再生の物語へと変わるはずです。


ソウルの景福宮(キョンボックン)の勤政殿(クンジョンジョン)
タイトルとURLをコピーしました